大宮駅から少し歩いた、大宮区上小町の一角。
かつて書店だった建物の2階に、子どもたちの声が響く教室があります。
屋号は「どれみリズム」。
0歳から小学生までの親子を対象にしたリトミックをはじめとする音楽教室として、忽那明(くつな・めい)さんがこの場所に根を下ろしてから、まもなく9年が経ちます。
この日のインタビューには、明さんのお子さんも同席してくれました。
取材の合間、お子さんが明さんのそばに行きたくて椅子とマイクを持ってきてくれる場面もあり、可愛らしい姿に思わず場が和みながら取材はスタートしました。
音大を卒業後リトミックを学び、演奏の仕事やマネジメント業を経て、この道へ。
取材のあいだ、明さんは何度も「譲れないものが多すぎて、逆に分からないんです」と笑っていました。
けれど話を聞いていくと、その奥に一貫して流れているものがありました。
子どもを、ひとりの人間として心から愛すること。
そして、答えを急がずに、考える時間を渡すこと。
今回は、教室を始める前のキャリア、大宮という土地を選んだ理由、出産と子育てと仕事を同時に走らせてきた日々、そしてこれから始まるというラジオの話まで、じっくりと聞かせていただきました。
余談ですが、上小町はembers.編集長にとって幼少期を過ごした街でもあります。
このシリーズの第一回を、この街で迎えられたことに、勝手ながらご縁を感じています。

音楽から、マネジメントへ。遠回りに見えて、まっすぐだった道
大学卒業後、明さんが最初に選んだのは演奏の仕事でした。
「ステージに上がったらいくら」という、いわゆる演奏者としての働き方。
並行して、楽器メーカーの仕事で電子ピアノを量販店に売り込む営業もこなしていたそうです。拠点は関西でした。
その後、「社会人としての経験をちゃんと積みたい」と思い、数年後には企画会社に転職。
演奏者やパフォーマー、司会者のマネジメントを担当する仕事に、6年間従事したそうです。
もともと音大出身で、在学中にリトミックに出会い、卒業後はリトミック講師養成校にも通っています。
「大学生の頃、自分は何が好きだろうと考えたときに、音楽と子どもしか出てこなかったんです」
ただ、それだけでは食べていけない現実もあり、まずは社会人としての経験を積む道を選んだといいます。
公民館も民間スタジオも断られた。それでも見つけた“今のスタジオ”


教室を大宮に構えたのは、偶然の連続だったそうです。
10年ほど前、明さんは東川口に住んでいました。
近所の公民館を調べると、似たようなサークルがひしめき、活動には制限も多い。
越谷や東川口を歩きまわった末に、「ここじゃないかもしれない」とふと感じ、次に検索したのが大宮だったといいます。
そこで偶然見つかったのが、マンションの一室を貸してくれるという物件でした。
もともとダンススタジオとして貸していた部屋で、鏡もピアノもある。
「よし、ここにしよう」
そこから3年ほど別のレンタルスペースも借りながら、3拠点で教室を続け現在の場所にたどり着きました。
物件探しは決して簡単ではなかったそうです。
公共施設や民間スタジオを訪ねても、子どもの出入りや楽器の使用を理由に断られることが続いたといいます。
音楽という営みが、いかに“場所”を選ぶかを痛感したそうです。
今の教室は、もともと書店だった建物の2階スペース。
「子どもが出入りしてもいい、音楽をしていてもいい、と言ってもらえたんです」。
すぐ隣にももう一部屋あり、こちらも教室として使っているそうです。
反応ゼロのチラシ1000枚と、その場で決まった屋号

開業当初、明さんは近隣に1,000枚ほどチラシを配って歩きました。
「反応はゼロでした」と笑いますが、無駄ではなかったといいます。
歩きながら見えてきたのは、大宮が想像以上に子育て世代の多い街だという事実でした。「意外とここ、ベッドタウンなんだって気づかされました」。
初めてのリトミックイベントは参加者が1名だったそうです。
その時にご主人に、「0は何をかけても0だけど1は100でも1000でもどんな数字にもなる」と言われて前を向けたそう。
ホームページは、そのご主人がつくったそうです。
「当時は予算なんて何もなかったので」。
Javaを扱った経験を活かし、片手間で仕上げてくれたといいます。
屋号の「どれみリズム」が生まれた瞬間も、驚くほど即興でした。
ホームページの登録作業の途中、ご主人から突然「名前だよ」「今考えて」と言われ、「え、今?」と戸惑いながら口にしたのが、そのままの音の並びだったそうです。
準備していた候補があったわけではありません。
それでも「分かりやすい」と評判は上々で、今ではすっかりこの教室の顔になっています。
臨月まで現場に立ち、産後2時間で仕事に戻った日々

明さんにとって、出産と子育ては教室運営と切り離せないテーマでした。
子どもを持たないと決めていた時期もあったそうですが、結婚8年半を経て「今しかないかもしれない」とご夫婦で話し合い、妊娠前から助産師に相談しながら栄養管理と体力づくりを始めたといいます。
働き方は徹底して計画的でした。
人件費やテナント代を払いながら教室を続けていくには、綿密な計画が欠かせなかったといいます。
妊娠37週、臨月手前まで現場に立ち続け、その後は他の講師に運営を託しました。
出産から2時間後には、病室からメールのやり取りを再開していたそうです。
産後1ヶ月で現場に復帰。
当初はベビーシッターを、生後4ヶ月からは保育園を利用しながら、ワンオペの日もありながら教室と子育てを両立させてきました。
「近くに両親もいないので」と明さん。
頼れる制度やサービスは積極的に頼りながら乗り切ってきたといいます。
偶然にもご主人の会社がベビーシッター会社と提携していたことにも助けられたそうです。
「心から愛すること」と、「考えさせること」

仕事において譲れないものを尋ねると、明さんはしばらく言葉に迷った末、こう語ってくれました。
「子どもを心から愛すること。こちらがその子のことを知ろうと思って愛さないと、相手は愛してはくれない。そこで信頼関係を築かないと、レッスンは絶対に成り立たないので」。
個性や性別に関係なく、その子をひとりの人間として見る。
当たり前のようでいて、日々向き合い続けなければ保てない姿勢だといいます。
もうひとつ、レッスンの中で徹底しているのが「考えさせること」です。
「大人はどうしても、答えを言い過ぎてしまうんです。あれやって、これやって、こっちだよ、って」。
明さんは、子どもが黙り込んでも1分ほどはじっと待つそうです。
すると、たいてい自分の言葉で答えを返してくれるといいます。
「その、考えるという時間がすごく大事なんです」。
この姿勢に明確なきっかけがあったわけではなく、もとから自然にそうしてきたそうです。
産後1ヶ月、揺れる心を救った「楽しかった」のひと言
これまでで一番印象に残っているエピソードを聞くと、産後まもない時期の話が返ってきました。
産後1ヶ月で現場に復帰したものの、体はまだ本調子ではなく、ホルモンの影響もあってか、「自分のレッスン、つまらないと思われているんじゃないか」と不安になる瞬間があったそうです。
そんなとき、ちょうど新しく入会した保護者から「楽しかったです」と声をかけられました。その瞬間、張り詰めていた気持ちがふっと軽くなったといいます。明さんは、この経験を振り返りながら、こう語ります。
「今まで全部、親御さんの力で私は成り立たせてもらってる。本当に親御さんの影響があって、ここまで来れたと思う」。
そのうえで、こう続けてくれました。
「親御さんありきで自分も頑張れているという部分もある。その関係性がすごく重要なんだと思います」。
これまでで一番嬉しかった言葉を尋ねると、間を置かずに返ってきたのが、ある子どもの「ずっとここにいたい」というひと言でした。

卒業生と一緒に、ラジオを始めます
現在教室に通う子どもは0歳から中学生まで幅広いそうです。9年目を迎える教室には、7年、8年と通い続けている子どもも珍しくありません。
「音楽が人生のよりどころになってほしい」と、明さんは話します。
これからの展望として挙げてくれたのは、地域への還元でした。
「長く在籍してくださっている小学生のリトミックチームと一緒に地域のイベントに顔を出して、音楽の楽しさを共に広めていきたいです」。
大型施設でリズムキッズというチーム名でイベント出演もされたそうです。
そしてもう一つが、現在準備中のラジオ番組だといいます。
きっかけは偶然目にした募集でした。リトミックを“卒業”した子どもたちの中には、そろそろ思春期に差しかかる年齢の子も増えてきています。ピアノに没頭し続ける子ばかりではなく、学校生活や思春期特有の悩みの中で、音楽から離れていく子もいる。
「思春期でも頑張れる場所を、いろいろな形で作ってあげたかったんです。自分で決断するという経験が、子どもの間にできたらいいなと思って」。
そこで浮かび上がったのがラジオという選択肢でした。
「地域に向けてラジオ番組を発信する人を、子どもたちと一緒にこれから作っていきたいです」。
教室には卒業生のためのクラスもあり、その子たちの活躍の場を今後さらに広げていきたいそうです。
10年前に自分で書いた「夢ノート」を振り返ると、当時の記述の多くがすでに現実になっているといいます。
「誰でもそうなのかな。言えば叶っていく」と明さんは笑います。

忽那明さんの一問一答
Q1. 教室のモットーを一言で言うと?
「考える力を育てること」
Q2. 一番好きな時間は?
子どもたちと笑い合って話している時です
Q3. 今、一番欲しいものは?
特にありません。今が心地いいです。
Q4. 大宮という街の好きなところは?
子どもの未来をよくしたいと思っている親御さんが多いところです。
Q5. 5年後、10年後の自分は?
明確には決めていません。10年前に書いた「夢ノート」の通りに進んできたので、また続きを書きたいです。
屋号
どれみリズム
代表
忽那明(くつな めい) さん
事業内容
リトミック/知育/ピアノレッスン/英語レッスン/ベビーマッサージ/助産師お話会/オンラインレッスン/その他、ベビーイベント、出張レッスン、外部イベント運営企画など
活動拠点
埼玉県さいたま市大宮区上小町640-203
対象年齢
リトミックは0歳〜小学生(卒業生は6年生まで継続する例も)
体制
スタッフ3名、講師5名
各種リンク
https://rythmique-piano.com/
https://www.instagram.com/doremirizumu/
通うエリア
さいたま市を中心に、川越・白岡・久喜など
今後の展開
地域向けラジオ番組を準備中|小学生リトミックチームと地域貢献。
2027年には書籍出版も!
終わりに
取材に伺った教室は、日当たりのいい、明るいスタジオでした。
その明るさは、そのまま明さんご自身の朗らかな人柄と重なって見えました。
教室に通う子どもたちは、大宮だけでなく上尾、川越、白岡、久喜など、広いエリアから通ってきているそうです。
それは裏を返せば、近くに同じような場所がない家庭が、まだまだ多いということでもあります。
取材に同行した、子育て中のカメラマンの麻衣さんも「近くにあったら通いたかった!」とこぼしていました。
取材を終えて感じたのは、その場で生まれた屋号のように、この教室もまた、計画通りにいかない偶然と、そのつど向き合いながら育ってきたのだろうということでした。
それでも一貫していたのは、子どもを心から愛し、考える時間を渡すという姿勢です。
ラジオや書籍出版という新しい挑戦も、その延長線上にあるように思いました。
取材・執筆:岡部 ひとみ
撮影:高橋 麻衣